2015年度 園長(遠藤清賢)の独り言

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2016年4月4日 入園式が終わりました。

2016年度の入園式が終わりました。雨の入園式となりましたが、多くの皆さんが参加して下さり、無事に終了することができました。子ども達は呼名に対して元気に返事をしていました。


2016年度 入園式 お祝いの言葉
園長 遠藤清賢

本日、江刺保育園の入園式に、保護者の皆様、そしてご来賓の皆様、ご出席いただきましたことを心から感謝申し上げます。昨年度21名が小学校に入学し、今年度16名の新しいお友だちが入園しました。総勢90名、職員28名で4月の保育が始まります。よろしくお願いいたします。

皆さんが保育園に入ったのは、健康な体になるために、たくさんのお友だちを作るために、自分の思いを言葉で考え、お話ができるようになるように、様々なことを表現ができるように。そして、皆さんは、自分が大切にされていることを知り、自分が生まれてきたことをみんなで一緒に喜び合うことができるようになるために保育園に入ってきたのです。

沢山の人に愛され、沢山の人を愛する子どもになるために保育園に入ってきたのです。

そのために、私たちと一緒に皆のお家の人たち、たくさんの人たちが、力を合わせ協力して、大切なみんな一人ひとりの成長を支えて行きます。初めて保育園で生活するお友だちは不安なことがあると思いますが、皆の不安な心が楽しみに変わるよう助け、支えて行きます。

神様の祝福が全ての子ども達の上に、皆さんの上に豊かにありますように、健康が守られ、毎日を心から喜び、幸せでありますように、お祈り致します。

3月22日 卒園式が終わりました。

昨日21日(月)が卒園式でした。午前10時から保護の方約40名、来賓16名が子ども達の卒園を祝い集まって頂きました。約1時間30分子どもたちはしっかりとお話を聴き、卒園式のために練習してきたお別れの言葉、お別れの歌を見事に発表しました。この子ども達に支えられ、とても良い卒園式を行うことができました。式終了後は保護者の皆様によって謝恩会が行われ、とても恵まれた時を共有することができました。

卒園式での園長の祝辞を掲載します。

2015年度卒園式祝辞

2016321

はじめに、卒園するすみれ組の皆さんと、この江刺保育園で一緒に過ごすことができたことを心から感謝したします。また、保護者の皆様が江刺保育園を選んでくださり、今日の卒園式を迎えることができましたことを心から感謝いたします。この子供たちのためにここに集まって下さったご来賓の皆様からのお支えと、励ましを心から感謝いたします。

私たちは、すみれ組の皆さんに大きな希望を持っています。それはこれから皆さんがしっかりと正しい良いお勉強をして、すべての人の幸せのためにより良い世界を創ることができるという希望です。

その働きができるように、お父さん、お母さん、私たち、たくさんの人たちが、皆さんの成長を心を込めて一生懸命に支えているのです。そして、みんなは健康な体になり、命を大切にして、人を愛する心を持ち、逞しく生きる力を持った素晴らしい子どもに成長しています。

皆さんは素晴らしい子ども達です。一人ひとり大切な命です。そして、これからも健やかに成長して行くことを私たちは信じています。

4月からは保育園の先生たちに代わって小学校の先生たちが皆の成長を支えます。すみれ組の皆さんは江刺保育園とお別れし、小学校に行きますが、私たちはこの保育園から、それぞれの場所から、しっかりと皆さんを励まし、見守っていることを忘れないでください。

ですから、皆さんは、自信を持って、安心して、自分の進むべき道を探し出してください。これは自分にしか探し出すことができない道です。この道を見つけ出すためは一生懸命にお勉強し、様々な体験をしなければなりません。

しかし、もし、助けが必要な時は、はっきりと大きな声で「助けて下さい」と言える人になって下さい。また助けを求めている人を見つけたら、自分の有るだけの力を出して困っている人のために何かをできる人になって下さい。私たちは一人で生きているのではなく、皆で支え合って生きていることを忘れないで下さい。

この江刺保育園ですみれ組の皆さんと一緒に過ごした素晴らしい時を神様に心から感謝しています。

この子ども達を江刺保育園に贈って下さった保護者の皆様との素晴らしいい出会いを神様に心から感謝します。

この子ども達が、さらにより良き成長ができますように、この子ども達一人ひとりに神様のお支えとお恵みがありますように。また、保護者の皆様、ご来賓の皆様の上に神様の豊かな祝福、とお恵みが有りますように心からお祈りいたします。


2月24日 ありのままの姿で

現状を維持することは意外と良くないように考えられています。特に現代社会は現状維持は何も進歩が無いという意見がありますが、なにかしら出来ることが多くなったり、知識が増えることがそんなに大切な事なのかどうか疑問を持ってしまいます。

今の社会は成長をすることが絶対に必要な事のように思われています。子どもの教育にしても、必ず何かしらの成長の証しが求められる社会になっています。しかもそれが乳幼児期から求められそれが当然のように思われていて、そうするのが教育であると思われています。

人間は確かに生きるために様々な智恵を身につけることが必要です。自分の身の回りの環境変化を判断しそれに順応させる智恵と行動力を持たなければなりません。そして現代社会は自己表現と他者の意識を理解するための言葉の表現力と読解力を身に付けなければなりません。

しかしこれらの能力は自然環境と社会環境、対人環境の中での体験によって身に付けなければならないものです。机上の学問では身に着けることができない能力であると思います。でもこの能力はどう言う訳なのが社会の中で評価されないのです。

形とか量として眼で見ることが出来ないからだと思います。また金銭を生み出す生産性が無いからなのかもしれません。子ども達の能力も点数によって成績が決定してしまうのです。

これらが真の人間理解を狂わせてしまっているように思うのです。生きることの価値は金銭の多少によって決定してしまう社会に多くに人々は疑問を持っていないように感じます。私たちにとって真の価値は何であるのかが分からない社会になっているように思います。

ですから、人間はどう生きれば良いのか分からなくなっていて世界中が自暴自棄の状態になっているのです。争いやテロ、戦争、虐待、殺害等が頻回に起きています。経済力が国家の力として判断されるこの社会に何かしらの疑問を持たなくなっていることに警戒しなければなりません。

自分の心が間違った判断をしていることに気が付かなくなっているのです。そして自分自身も心地よさを金銭によって獲得できるという欲望に支配されているのです。人間というありのままの姿を私たちは失いかけているのではないでしょうか。

人間は食し、集団で社会を形成し、個々の能力に従って働き、お互いを支え合い、命の誕生を喜び、家族を大切にし、慈しんで生き、そして死を迎え感謝の内にこの世を去る者であることを忘れてしまったのだと思います。このように生きることの価値を見失ってしまったのかもしれません。

人間としてのありのままの姿を今思い起こして見なさいと神は語っているように思います。祈りのよって生きることを問うて行きたいと思います。

1月30日 永遠の命

教会の牧師が毎月第2週は盛岡の青山町教会へ出張しするため、この週の礼拝説教は役員が代わりに行っています。2月は私の説教となっているのでその準備をしています。

礼拝の中で行われる全てを自分で考えなければなりません。招詞、三つの賛美歌、交読、聖書、説教、何を話したらいいのか先ず祈りによって神に問うことから始まります。

この時期はイエスが十字架に架けられる受難の次期です。私に示されたのは十字架に架けられる前に祈った主イエスの祈りの個所が心に浮かんできました。信仰的には祈りによって神からこの個所が示されたということなのです。

4つの福音書のなかに十字架の前に祈られた主イエスの祈りの内容は比較的詳細に記載されていますが、ヨハネ福音書の祈りは他の福音書とは内容がかなり異なっているのです。

この点に注目してヨハネ福音書の主の祈りについて考え、お話させて頂こうと思いました。福音書はマタイ、マルコ、ルカ、そしてヨハネの4つです。マタイ、マルコはこの主イエスの祈りを「ゲッセマネの祈り」、ルカは「オリーブ山の祈り」という見出しで記述されています。

そして、その祈りの内容はヨハネを除けば「この盃を取り去らせて下さい。」と主は神に訴えています。十字架に架けられる主イエスの苦しみが祈りの中にありのままに記載されているのです。しかし、ヨハネ福音書の祈りは十字架に架けられる苦しみは記述されていないのです。

十字架に架けられこの世を去るにあたり、この世に残された人々が神の祝福とお守りの中にありますようにという記述のなっているのです。今を生きている私たちを思って祈っておられるのです。

そして、信者の命は神のもの、主イエスキリストのものであると語っています。神を信じる者たちは神と主イエス、聖霊の働きによって永遠の命を授かることができるということを主イエスは語られています。

限られた時の中で生きる私たちが永遠に続く神の命と一体になるということが語られているのです。これは肉体が永遠に生き続けるということではなく、其々の信仰を持った人たちの有限の時間の中での働きが、永遠の命を形成しているということです。

信仰によってしか理解しえないことです。そのためにどのように生きるのかという具体的な行動は、礼拝を守ることであり、信仰を持ち続け、限られた有限の時間の中で自分のできる働きを楽しみ、心を尽くして、精一杯にこの世を生き続けることなのだと語ってるのです。

命についてクリスチャンはこんなように考えています。自分の命と自分の人格とは別なものと捉えています。この世での死は肉体の死です、命そのものは神の命と一体になって永遠に生き続けると信じているのです。

1月18日 私の静かな日常生活

2016年になり予定されていた新年会などのお正月の行事終わりました。我が家は今静かな生活を取り戻しています。90歳を超す私たちの父と母も共に元気に毎日を過ごしています。父が12月に腰を痛め少し体調を崩しましたが、今はまた元気を取り戻しました。

腰を痛めた時は歩くのもひどそうだったのですが、いまは時々外に出ることができるくらい回復しました。病院は母が付き添っていますが、移動は車いすから手押し車で移動できるようになっています。

二人とも精神活動は未だに正常なのでお話や会話は何も問題がありません。特に母はお金に関してはとてもしっかりしていて、自分の預金がどれくらいあるのかどのように管理すれば得なのか絶えず研究しているようです。母の金銭欲は衰えることが無いようです。

依然より母は老人ホームに入るために一生懸命に貯蓄しなければならないと言っていましたが、90歳を越した今では老人ホームの話はしなくなりました。たぶん老人ホームに行く必要はないと私は思っていましたが、本人も行かなくて済みそうだと思っているのでしょう。

その父と母は同じ年で元気に生きています。同級生で生きているのは、特に元気でいるのは自分達を入れて4人くらいしかいないと言っていました。生きている方はいるようですが自分のことを自分でできる人はいなくなってしまったと言っています。

食事もほぼ人達で用意しています。夕方の食事が終わるとすぐ入浴し、寝てしまいます。朝は夜明けと同時に起きているようです。食事は必ず自分たちの畑で育てた野菜を入れた特製のジュースを自分で作りを飲んでいます。極めて健康的な生活を送っています。

我が家は私たち夫婦と両親夫婦ができるだけ干渉しない形で生活しています。ただし両親は90歳を過ぎていますので、生活上できないことがある場合は息子である私が時折手伝っています。

このように90歳の夫婦がそろって元気に生活しているというのは、稀なケースなのかもしれません。私たち夫婦のほうが早く衰えてしまうかもしれません。父と母は我が家の最年長記録をただ今更新中です。

私は保育園から戻り、夕食を終えて、その日の出来事を妻と話した後、自分の部屋にこもりスポーツ番組を見るのが楽しみです。妻はいつものリビングで9時まですごし、入浴して自分の部屋に行き寝てしまいます。

私たちは自分の家の中で別室状態で生活をしています。仲が悪いということではないのです。この方が生活しやすいからです。それぞれの個人の生活を尊重するためにそのようになってしまったのです。

自分の部屋に入った後、私はテレビのスイッチを入れ、同時に古典から現代の2,3冊の曲集の楽譜をテーブルに置きギターをかき鳴らすのです。一曲を丹念に練習するのではなく片っ端から曲集の頁をめくり曲を弾くのです。

時にはテレビに目をやり、耳はギターの音を聞くという時間をすごしているのです。他の人が見れば不思議な姿に見えると思います。妻はあきれて、「ギターを弾くのか、テレビを見るのかどちらかにすれば!」と言っていましたが、今は何も言いません。

その結果、眼を酷使しているためなのか緑内障になってしまいました。左目は60%くらい視野が欠けていると思います。

実際はどちらを見ているのかあまり意識していないのですが強いて言えば両方を見ています。しかし、全日本のサッカーの試合や日本人が出ているサッカーの試合の時はテレビに集中しますが、他のリーグや他のスポーツの試合はギターの方が主になっています。

テレビの音とギターの音が混然一体となって調和していればいいのですが、不調和な様々な音が混沌として部屋中に鳴り響いてると思います。大音量ではないのですが、他に人はいたたまれない状況になっていると思います。ですから妻とは別室で過ごしすことになったのです。

これが私の静かな生活というえるのでしょうか。ほぼ毎日のようにギターを約2時間ぐらい弾いているのです。その後は、本読んだりや雑誌を見たり、CDを聞いたり、パソコンをいじったりして結局寝る時間は次の日になってしまっていることが多いのです。

聴くCDはピアノ曲が多いのです。好きなのはメンデルスゾーンの無言歌です。どうしてギター曲ではないのか私にもわかりません。しかし、もう少し早く寝ると健康も良くなり、体調も良くなると思うのですが、父と母のように生きることは私には無理なようです。

12月10日 大腸の検査と指導監査

12月8日(火)は岩手県の施設指導監査が行われました。その前の日は大腸の検査です。大腸の検査は10月に診断を受けたのですが、検査者が多くこの日しかありませんでした。その後、11月初めに県の振興局から指導監査を12月8日に実施したい旨、連絡がありました。

監査の準備の為、大腸の検査を遅らせようかとも考えましたが、結局、予定通りに行うことにしました。昨年度、なにも自覚症状は無かったのですが血便があり大腸カメラを受診しました。小さなポリープが見つかりました。小さいので1年様子観察になりこの12月7日が1年後の検査の日でした。

朝食を食べず、午前9時から腸内の洗浄が始まります。2リットルの洗浄液を2時間かけて飲み干さなければなりません。何とも言えない味の液体を忍耐して飲みました。飲み始めて約30分後にその液体が排泄されます。それから15分おきにトイレに行き排泄物が透明になれば腸の洗浄は終了です。

11時には排泄物が透明に近い液体だけになり、看護婦さんから洗浄終了の合格が出されました。朝食も昼食もないいのですが空腹ではありませんでした。洗浄液の何とも言えない匂いと味が食欲を抑制していました。

午後2時から大腸カメラの検査が始められました。肛門から盲腸手前までカメラを挿入します。途中腸を膨らますためにガスを入れるのですが、その時は苦しく、痛みを感じるのです。約15分位だと思いますが、検査は終了しました。

検査が終わったら保育園に戻ろうと思っていましたが、大量のガスを入れられお腹が苦しくて、その日は休ませてもらいました。夕食はお腹がすいているのですが食欲が湧いてきません。少量のご飯と汁を頂きました。

次の日の午後が指導監査です。其々の職員によって監査を受けるための準備はしっかりとできていましたので特に心配は有りませんでした。3名の指導監査員が来園し午後1時15分指導監査が始まりました。現場の視察監査はいつもは15分位で終わっていましたが、今年は1時間もかかりました。

監査担当者が江刺保育園に初めて来られた方々だったからなのかもしれませんが、保育室の掲示物等を詳しくご覧になられ、クラス担任にも細かく質問されていました。そのため文書、記録等の監査が終了したのは予定時間を30分超えていました。その指摘事項は理事会の頁に掲載しています。

大腸の検査結果はポリープは大きくなっていないのでまた1年後に検査をしましょうとのことです。指導監査は保育内容は特段問題になる指摘が無く、今後も良い保育を目指して事業を取り組んで戴きたいとのことです。

検査と監査が連続してありましたが、無事終了し安心しましたが、少し疲れを感じています。


12月1日 整理すること

家内からこれからはあまり物を増やさない生活をしようという提案がありました。提案というよりはそのようにしなさいと言うことです。人生の終わり方を考えながら生活し始めようということです。

その手始めに、身の回りの整理をすることから始めましょうということです。これは反対することはできません。「そうしましょう。」ということでこれからは整理整頓をし、いらなくなったものは捨て、出来るだけ身軽になることを建前とする生活を始めなければなりません。

はたして、このような生活ができるのかどうか自身はありません。私は欲しい物がいっぱいあるのです。新しい本、新しい服、新しいギター、おいしい食べ物、新しい車、等次々と思い浮かぶのです。

その中で常に一定の割合で増え続けているのが書籍類です。新刊の小説、宗教関係の本、雑誌、楽譜、ギター関係の月刊誌や専門誌、絵本、毎月5,6冊は増えています。本箱に入りきらず、部屋に横に積まれている物が約半数です。絵本は孫たちに見せたいと思い、出来るだけ私が見て良いと思うものを購入していますが、これも置き場所が定まらず、雑然と積み重なっているのです。

楽譜や曲集は背表紙が擦り切れ、印刷されている文字が見えません。ページはボロボロになっていて、誰が見てもただの紙屑にしか見えません。それがやはり本箱からはみ出るように雑然とテーブルに置かれています。それは練習のためにその場に置かれているのですが、知らない人が見れば整理整頓のできない自堕落な人の部屋にしか見えないと思います。

これらは美しい音楽を奏でる泉なのです。と言っても誰かが理解できるのでしょうか。家内もあきれてこの部屋に入ってこなくなりました。持ち物を整理しようという理由は、「貴方が死んだあと誰がこれらを整理するのですか?私は嫌ですよ。」ということなのだと思います。家内と私のどちらが先になるのは神様しかわからないことです。

家内に「お前も体の中にため込んだ脂肪を捨てた方が良いのでは。」などと言っていまったら、私たちの夫婦関係はお終いです。そう思っても決して口に出してはいけないことです。しかし、これはお互い様のこととして受け入れたいと思います。

時折訪れる孫だけが様々な物がある私の部屋に喜んで入ってきます。私が買い貯めた優良絵本には目もくれず、私の机に座り、パソコンをいじったり、鉛筆、ボールペン、万年筆、クレヨン、絵コンテ、水彩絵の具、などを出して好き勝手に様々な色を殴り描きします。そして、ギターや笛、メトロノームを出し雑音を響かせ遊んでゆくのです。

孫が帰った、後片付けが非常に大変なのです。家内にそのことを言うと「あなたの孫なのですから、仕方ないでしょ!だから整理整頓して、必要の無い物は捨てて、物を増やさないようにと言っているのに。」と言われてしまえば、「その通りです。」ということで、ただ何も言わず孫が散らかした物を片付けるしかないのです。

しかし、妻の言うような生活は今のところできそうにもりません。部屋の隅の方に綿埃がたまって来ています。今度の休みは部屋の掃除をしたいと思いますが、そう思う日に限って孫が遊びに来るのです。それも嬉しい事なのです。

11月19日 神との約束

今年もいつの間にか11月半ばが過ぎ、もうクリスマスのアドヴェントに入ります。目まぐるしく毎日が過ぎて行くように感じています。特に還暦が過ぎるとこの時間の速さを一層強く感じてしまうのです。時間の流れは一定なのですが自分がその時間の流れに追いつかなくなっているのかもしれません。

体の動きや、思考力は、体内の時計が年をとるに従って遅くなって行くのだと思います。もともと私はゆっくりと焦らずに生きてきたように思います。私の体内時計は周りの人たちよりも遅い時計なのかもしれません。これが年を取ってさらに遅くなったのだと思います。これからも周りに多少迷惑をかけるかもしれませんが自分の時間を守って過ごして行こうと思います。

世界は急速に変化しています。その変化は決して良い方向ではなく、危険で悪い方向に向かっているようです。グローバル世界は人間全体が心を一つにし国や民族や宗教などのそれぞれの違いを尊重し、個々の人たちがお互いに支え合い、命を大切にする世界を目指そうとしたのですが、実際は国と国、民族と民族の格差がさらに拡大し、利己的な権益を守ることに辟易しています。そして、世界はますます利己的になり暴力を使ってでも自分の利益や権利を守ろうとする世界になっています。

争いが世界各地に拡大し人々の心は混迷し、他者に思いを馳せる余裕などなくなってしまっているようです。日本でも世界の紛争している地域に自衛隊を送りだすことが決められてしまいました。人間は愚かにもお互いに傷付け、命を奪い合うことが生まれついた本能なのでしょうか。

私たちが育てているこの子達はこの悪循環を断ち切って欲しいと思います。人間として生きるためには神が十の契約を交わしていることを我々は思い出さなければなりません。これは十戒として旧約聖書出エジプト記に記されています。

人間はこの神との約束を忘れ自らが神となろうとしたとき、世の中は乱れ大きな戦争が起きているのです。人間は決して神にはなれないのです。たとえ大多数の人々が貴方は神だと認めたとしても、それは有りえないことなのです。人間は己の罪深さを忘れてはならないし自分は生かされていることを謙虚な心で感謝しなければならないのです。

そのためにどのように生きるのかを絶えず自問自答し、神に祈りながら生きることが私たちに求められていることです。

10月21日 社会福祉法人改正法案について

10月13日全保協正副会長会議が有り東京に行ってきました。東京駅の八重洲口地下街でいつもどこを歩いているのか分からなくなってしまうのですが、今回はしっかりと自分のいる場所を確認しながら迷子になることなく目的地に行くことができました。

厚生労働省の社会福祉法人改革担当課長からの今回の改革法案についての説明がありました。その趣旨は表紙の報告で記載した通りです。社会福祉法人に対しての課税措置のための改革ではないこと、社会福祉法人をより強固にするための改革であることを強く訴えていました。

しかし、そのような主旨の改革であることは確認しましたが、この改革の内容は一般法人と同じ組織になってしまいますので、課税措置はいずれ近い将来に実施することが議論されることなると私は予測しています。

今回の説明の中で共感できたことは、社会福祉法人が創成期において、社会的弱者救済のために純粋な心意気によって児童やお年寄り、障がい者のために個人が資材を投げ打って施設を立ち上げ多くの人たちの救済を行ってきた事実を思い起こしてほしいというお話でした。

この先達たちの働きによって社会福祉法人が組織され日本国民の生活を支え守ってきたこと。そして、この働きがあったからこそ、現在の法人は人々のために尊い働きを続けることができたのだということを思い出して頂きたいということでした。

我々は社会福祉の理念を忘れ欠けているのではないかという問いかけです。これは私たち施設経営者に向けてだけ語っているのではなく、社会福祉事業を社会福祉法人に委託している行政、国家に対しても語りかけていると私は感じました。

国は社会福祉事業を一般企業と同等に考えていることに対して、また、社会事業対策費があたかも不必要な無駄な出費であるかのように捉えている国会議員たちに怒りを込めて語っているように感じました。

いまの事業は社会福祉法人でなくても、たとえば株式会社やNPO法人であっても同じようにできる事業である。そのために様々な厳しい意見が社会福祉法人にたいして投げかけられているのだと言うのです。

ただ、単にに決められた事業を継続し、施設を存続することにだけ奔走するのではなく、何か社会の中で忘れられたこと、必要な大切な事業が有るのではないだろうかと語りかけています。これを社会福祉法人として考え、実践して頂きたい要望していました。

この改革法案が、憲法の基本的人権を保障する事業として、また、人が生きることがより良い社会貢献になる国になり、その働きを担う社会福祉法人としての働きを支える法案となるように祈りたいと思いますし、何とかその一翼を担いたいものであると考えました。

7月31日 死に向かい合う時

7月30日が私の誕生日です。1951年生まれですので私は今年で64歳になります。祖父や祖母はもう既に死んでしまいました。86歳であったと思います。父と母は90歳になりますが2人とも元気で、自分のことは全て自分で出来るのです。父と母がこのように元気でいることを私たち夫婦はとても感謝しています。

父と母に対して私たちが大切にしているから元気なのかと言えば全く逆です。私たちは殆ど父母の生活に関わりません。父と母も私たちの生活に関与することはありません。お互いに思うがままに同じ屋根の下で生活しているのです。他の人たちが見れば不思議な家族かもしれません。ただ、父か母が遠くへ買い物等の時は車を私が運転しますが、病院通いや畑仕事、食事は殆ど自分たちで対応しています。

しかし、90歳ですので父も母も死が近いことは自覚しています。二人ともこのままで眠るように死を迎えたいと思っています。私たち夫婦も60歳半ばになり自分の命の時間を意識することが多くなっています。60歳を過ぎれば死を迎える準備を意識するのだと思います。死を迎えることと生きることとは同じ生業なのです。

祖父も祖母も死を迎えることに恐怖心や不安を抱いた様子は全くありませんでした。2人とも死を当然のこととして受け入れその時が来たことをむしろ感謝しているかのように私たちは感じていました。祖父は今の家で眠るように祖母に看取られ死んで行きました。その朝、家族全員で死んだ体を拭き、着替えをし、葬儀のための準備を行いました。

2人の私の娘たちも涙を流しながら祖父の死体に触り、お別れをすることができました。死について祖父は娘たちに貴重な体験をさせてくれました。娘たちはそれぞれ大きな課題を克服しながら今逞しくそれぞれ生きています。死んだ私の祖父母を通して人間の生きること死ぬこと、どう生きるのかを彼女たちなりに考えることができたのだと思います。

父と母、そして私たち夫婦、どちらが先に死を迎えるのか、神様しかわかりませんが、今こうして生きていることを心から感謝して毎日を過ごして行けます様、神様に祈っています。

7月21日 北海道・東北ブロック保育研究大会報告

暑い日が続いています。先週の北海道・東北ブロック保育研究発表大会は岩手県の開催でした。昨年より準備をしておりましたが今年度は会場を盛岡のホテルメトロポリタンで開催することを決めておりました。以前は500人規模の大会は花巻温泉を会場にしていましたが、交通の便を考え多少予算はかかりますが、新幹線の駅の近くでの会場で行うことを決めていました。

その甲斐もあり大凡700人の参加者を得、内容も良く、順調に進行ができ、事故もなく無事に終了することができました。参加された多くの方々から良い大会であったと喜んでいただきました。

発表会後の特別講演会の講師は宗教(仏教)学者の山折哲男先生でした。当日京都から会場にいらして戴きましたが京都では台風の影響で強風と大雨の天候で、予定よりの1列車早い時間に到着されました。昼食を摂って頂き、1時間の休憩の後講演をして頂きました。

日本の古代の神は仏教と一体となり、しかも弱い人間が神として大切にされてきている。弱い者とは子どもと、女性、そして老人であり、それが地蔵になり菩薩となって日本人の精神文化を支えて来たのだという内容でした。日本の保育はこの精神文化を土台としキリスト教と連携し今のような保育所になっているように思うとのことでした。キリスト信者である私にも興味深く聴くことができました。81歳になるそうですが聡明で哲学者としてのオーラを強く感じられる方でした。

今回私は、資料配布の準備、来賓の接待と閉会の挨拶、が主な役割でしたので、研究発表の内容については報告できません。


6月27日 変化する社会福祉法人

6月26日、27日と外部監査を依頼している佐藤晃信税理士事務所で主催する社会福祉法人適正化セミナーに参加しました。このセミナーの講師原島良幸先生の「社会福祉法人制度の改革について」という講演を聞き社会福祉法人が大きく変化することが明らかになりました。

半年前から全ての社会福祉法人は評議員会を組織しなければならないこと、余剰金がある場合には社会貢献事業を実施しなければならないことが伝えられていましたが、今回のセミナーによってさらに具体的な形が見えてきました。

評議員会は決定機関であること、そして理事会は執行機関になるということが明確になります。一般的な企業と変わり有りません。従って執行機関であるならば、理事会の組織は施設の職員が担うのが自然であるし、そのほうが施設運営はスムーズになるのではと原島先生はお話されました。

もっと具体的に言えば評議員会は決定機関なので現在の理事会の役員が評議員になって頂き、理事会は施設職員がその役を担うという組織になれば良いのではというお話でした。私もそのような組織になれば良いと思います。

そうすれば施設職員が事業計画を練り、予算を定め、それにしたがって保育を行うことができます。専務理事とか常務理事、等の役割を施設の職員が担うことができるのです。そうなれば職員のモチベーションは高くなり、施設にとって良い方向性が生まれてくると思うのです。

余剰金による社会貢献事業はそのやり方によっては新たな利益を施設にもたらすことが可能になります。この会計処理は施設独自の事業ですので法的な規制は無いかもしれません。したがって本部会計への利益とすることができるかもしれません。

大きな変化が社会福祉法人に求められていますが、この変化は一般的な企業へ移行するような変化になっていることが見受けられます。徐々に社会福祉法人は解体させるという国の意向が見え隠れしています。


5月25日 演奏会に出演しました。

5月中旬は毎日のように決算監査、理事会が続きました。先週は2日しか保育園にいることができず、毎日のように出かけていました。江刺保育園のほかに一関睦保育園、水沢保育園の監事と、岩手県保育協議会の常任委員会がありこのようになってしまいました。明日から2日間、日本キリスト教団奥羽教区の総会が有りそれに議員として出席します。6月3日岩手県保育研究発表会の助言者を依頼されていますのでそれが終わば一段落になります。5月初めから結石の症状があり体調が良くなかったのですが、今は徐々に普段の体調に戻っています。

こんな状態の中でギターコンサート出演の依頼があり引き受けていました。5月24日(日)ペンテコステの記念礼拝が終わり、江刺区愛宕の西念寺でのギターコンサートに出演しました。1週間前に右手親指の爪を割ってしまいコンディションは最悪なのです。楽しみで出演するのですが、いざソロの演奏の時にこれは断るべきであったと後悔しても後の祭りです。やるしかありません。演奏曲目はルネッサンス時代の曲を選びました。ジョン・ダウランド作の「マスターパイパーズ・ガリアルド」、ナルバエス作の「牛を見張れによる変奏曲」、ノイジードラー作の「イタリア舞曲」の3曲です。

親指の爪が無いのはギター演奏にとってはお料理に塩味の無い料理と同じような感じなのです。聞く方も演奏する方も物足りない感覚を持つと思います。ですから親指の早いパッセージのない曲にしました。また新しいレパートリーではなく、比較的良く弾き込んでいる物を選曲しました。その甲斐もあってなんとか無難に演奏できたような気がします。

演奏会は心の中に真逆の真情が現れます。出演することは喜びと楽しみなのです。しかし、ソロ演奏が近づくと緊張感によって苦しさとか辛さ、不安とか後悔の気持ちが表れます。演奏が終わると安堵感が出てきますが、演奏が良かったかどうか自己批判の感情が出来るのです。こうしてみると演奏会に出演することは何も良いことが無いようです。しかし、演奏するという自己表現できたことで、良くできたできなかったということの前に成し遂げることができたという達成感が出てくるのです。アマチュアの演奏会はいくら下手な演奏でもしっかり聴いて下さる優しい聴衆がいるのです。この聴衆によって自分は支えられている共感されているという安心感も得ることができます。これらのことが大きな喜びになるのです。

私の心を楽しませ安らぎの時を与えて下さった西念寺の住職様と奥様に、このコンサートを企画し出演して下さった皆様に心から感謝いたします。

4月22日 静止人口と生命優先社会


 入園式が終わり新入園児も大方、保育園の生活を受け入れることができてきました。決算も整理でき平穏な保育園になって来ています。新制度が始まりましたが、奥州市では人事異動によって新制度の準備のために第一線で働いていた方がほとんど異動してしまい、市の新しい担当者は大変そうです。また、国の制度が確定されていないため保育給付は暫定的な金額に留まっています。特に加算部分が確定されていないので、予定した金額よりも少ない給付になっています。

 奥州市は5年間は需要が供給を上回っていますが、5年後は子どもが減少し現状で各施設の定員を満たすことは、難しくなってくることが予測されます。少子化の影響が全ての施設に現れて来ると思います。10年後、施設がどのようになってしまうのか心配されるところです。

少子化によって都市部と地方の施設間の格差がさらに大きくなると思います。地方では閉園しなければならない施設も多くなるでしょう。政府が提唱している3歳児児童の教育の義務化、無償化が実施されるかもしれません。そうなると現行の保育所は変化せざるを得ないかもしれません。 そのようなこともあり幼保連携型認定こども園への移行進むことでしょう。

少子化は避けられません。そのために保育所はどうすれば良いのか悲観的な予測しかできませんが、大切なことは保育を地場産業としてその位置を確立しなければならないと考えています。その土地にあった保育と、その地域から支えられる施設づくりに努力することです。その中で子ども達の成長を支えるその土地の保育文化を発信し伝えることができる保育施設を目指すということ以外にないと思います。その結果がどうなるのかはわかりません。

少子化、人口減少が問題視されていますが、人口がこのまま拡大することの方が大きな問題なのです。人口が減少するということの方が実際は大切な事であるし重要な事なのです。重要なのはどの時点で人口を静止させるのかということです。人口減少は今の資本主義や経済の拡大を目指すためには問題なのですが、私たち人間は増えすぎてしまいました。このまま人口が増えたなら、食糧エネルギーのすべてが不足し、貧困の格差は拡大します。そして争いや奪い合いが世界中で発生し、人類は消滅してしまうでしょう。今の社会はその傾向が強まっています。生まれてくる子どもの数と死亡する人の数が同じ人数になることが大切な事なのです。日本はこの静止人口社会を目指しているのです。

日本では大きな文明の転換期に人口が減少していることを知ることができました。縄文後期の稲作が始まる前の時期、商業市場経済が始まる平安後期から鎌倉前期、そして江戸時代後記から明治維新の開国前の時期に人口が減少しています。重要な転換期に人口が減っているのです。今、人口が減少していますが、これは資本主義経済社会が何か新しい社会に代わる標であると思います。資本主義社会はもうすでに限界なのです。経済利益優先社会から生命優先社会に変えなければならないのです。

もうすでに新しい時が始まろうとしています。「いのち優先社会」を構築するためには、私たちの生きるという意識も変化が求められます。その変化を子どもの成長を支える働きを通して探したいと思います。2015年度もよろしくお願いいたします。


3.11の東日本大震災の時被災支援で送られた桜の樹に花が咲きました。