2022年度 園長の個人的な手記

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2022.8.3 佐藤弘和さんの作品について

7月30日で71歳になりました。いままでよく生きてこれたと思います。家内とお互いに年寄りになったことを嘆くというのではなく、喜ぶということでもなく。今の状態を何とか受け入れようと話しをしています。一緒に生活している97歳の母のことを考えると年を取り生きることはそれなりに大変なことのように思います。母の今の状態はマラソンでいえばゴール直前の呼吸が苦しく前に進むために遠のく気力を何とかふり絞る毎日なのかもしれません。私たちはその母を見守ることしか出来ません。

暑い毎日が続いています。今日は雨がすこし強く降っています。私が大好きで尊敬するギターの作曲家について記述しようと思います。私は佐藤弘和さんという作曲家の作品をよく弾かせていただきます。彼は1966年1月24日青森県弘前市で生まれました。弘前大学教育学部音楽課を卒業していると記憶しています。

彼の作品はとても弾きやすいのです。しかもとても心に響き共感できるのです。難しい調性や難解な解釈など必要なく、自然にその音楽を親しみ、楽しみ、表現することができるのです。本人もギターを弾きますので楽器の特徴を熟知し、技術的に無理なく演奏できるように作曲されているのです。著名な演奏家から高い評価を得ている作曲家でした。しかし、2016年12月22日50歳の若さでこの世を去ってしまったことはとても残念なのです。

私が彼を知ったには今から30年くらい前だと思いますが、最初の作品は「素朴な歌」という曲です。短い曲ですが心に余裕があるときふと口遊むようなメロディーがこの曲のテーマになっているようです。はじめはなんということもなく弾きやすいので演奏するのですが、演奏すればするほど心に残る曲なのです。世界的なギタリストである福田進一先生が演奏しています。

もう一つ「9月の雨」物悲しい雨の降る日に自分も何か悲しい気持ちを雨が降るように地面に流してしまいたいというような曲です。ギターの響きが静かに共鳴し、音がグラディエンションしているように心に迫ってくる作品です。

「クリスマスの歌」という曲があります。彼はクリスチャンなのかどうかは分かりません。弘前は教会の多い街です。クリスマスの季節には町の賑わいというより、クリスマスを迎える人々の喜びとか、祈りを表現しているように私は感じています。編曲者としても優れていて村治佳織さんのCDに彼の曲が取りあげられています。

食道がんであったと聞いています。病気が発見され3年後に逝去されていますが、闘病中に作曲された「音楽のエッセイ」という曲集があります。その中の曲で「ある日の悲しみ」という曲を弾いていると涙がこみ上げて来るのです。この他にも照会しきれない素晴らしい曲が沢山あります。

ギターをお弾きになられるなら是非この佐藤弘和さんの作品を弾いて下さい。ギターを弾く喜びが広がり、音楽がより身近になり、豊かな時を与えてくれると思います。


2022.7.26

暑い日が毎日続いています。暑さの為か熟睡できずなんとなく疲れを感じる毎日です。子どもたちはこんな天候など何するものぞと毎日元気に過ごしています。

ただ、コロナ感染が爆発的に増えています。私たちの保育園では濃厚接触者があり自宅待機しなければならない方もいます。職員が2名家族の感染の為に休んでいます。今までと同じような予防対策ですが、子どもたちのマスクの装着は求めていません。2歳以下の子どもたちはマスクをしていません。3歳以上児も装着を求めていません。施設内での感染者は出ていません。

私はどうにか「暑い暑い」と言いながら過ごしています。自宅に帰り食事や母の世話が終わればギターを弾くのですが、暑さのためにギターを中々手に取ることができない状態です。私は指頭弾きなので夏は思うような音が出せないのです。今毎日弾いているのはバッハのイ短調フーガです。20代のころから練習しているのですが、この曲は思うように演奏出来ていません。難しいのです。しかし、最近ようやく曲として聞けるようになって来たように思うのですが、自己満足に過ぎません。

ギターではイ短調または二短調で弾かれています。原曲は無伴奏ヴァイオリンソナタNo1です。このフーガは一つのテーマが繰り返し繰り返し演奏されるのですがその繰り返しの中に様々な心象風景が時間を超越して表現され壮大な物語を作り出し最後に輝かしい音がひかりとなって拡散されるような曲なのです。

セゴビヤ、ジュリアン・ブリームの演奏が有名です。私は山下和仁の演奏が最上であると信じています。是非お聞きください。

もう一つ私の愛奏曲なのですがタレガ作曲の「マリーヤ」という曲です。タレガは有名な「アルハンブラ宮殿の思い出」を作った方でギターではロマン派に分類されます。この曲は女の子の名前が曲の名前になっています。タレガは「マリエッタ」「アデリータ」「ペピータ」等子どもの名前を題にした曲を作っています。子どもたちの姿を見て作曲されたのだと思います。作曲者の子どもに対する愛情が形となってこれらの曲になっています。このマリーヤはガボットのリズムになっていて軽快な出だしです。活発でお話しの好きなかわいらしい女の子が想像されます。曲の終わりに叱られたのでしょうか、すこし沈みがちな曲調になりますが直ぐに元気を取り戻し走り去って行く4,5歳の女の子をイメージして演奏しています。私の孫が幼かったころを思い出しながら心を込めて演奏しています。

ギター音楽の解説になってしまいました。また時折私の好きな曲をご紹介出来ればと思います。


2022.6.22

20日より暑さを感じる季節になってきました。保育園ではプール開きが行われ、今はプールに入っている子どもたちの歓声と注意を促す先生達の声が響き渡っています。今は比較的穏やかな毎日を過ごしています。

17日に水沢保育園の職員研修の講師を努めさせていただきました。約1時間半お話をさせていただき、皆さん真剣に聞いて頂き感謝でした。私の話しより毎日保育をされているベテランの先生達の方がずっと良いお話しが出来るのです。しばらく講演の機会から遠ざかっていましたので今回改めて準備をさせていただき、私自身よい学びをさせていただきました。

改めて保育の働きの大切さを確認することができました。保育が私たちの社会にとって掛け替えの無い働きであることを確認したのです。しかし、私たちが生きるために掛け替えのない水や空気、自然の環境が失われているように、保育の働きも徐々に失われているこの社会のあり方に大きな誤りがあることに不安を感じます。

子どもが少なく多くの保育施設が閉園しています。経営が成り立たないということですが、それで本当に良いのでしょうか。資本主義経済の仕組みだけで取り扱う課題ではないことは皆さんよく分かっているのです。この経済の仕組みは多くの歪をもたらしています。格差を助長し続けています。

ある一部の人間が富を享受している社会が続いています。労働の内容によって利益に格差があることに私たちはあまり違和感を感じなくなっています。資本主義経済は労働の違いによる格差を利益の違いによって表現してきました。私たちはそれを当然のことのように受け容れてきたのです。

しかし、その結果、富める者、貧困に喘いでいるもの、栄養過多の者、栄養失調で死を待つもの、武器を持つ者、何も持たないものという格差を広げています。

日本の保育はこの格差をなくすための働きも担ってきました。何よりも子どもたちの成長を支え、未来を託すための命を育んでいるのです。子どもの保育を社会経済と単純に繋げその動向によって増減を繰り返すようなものであってはいないと思うのです。確かに経済との密接な繋がりがあり、その関係は重要だと思いますが、保育はもっと盤石なものでなければならないのです。

しかし、国境を力で広げようとする者、強引に自分の考えや思想を力で押し付け、支配する者が今になって再び世界を席巻しようとしています。それによって私たちの国も軍事を拡大しなければならないという議論が沸き起こっています。

命ある者がお互いを信頼し、支え合う世の中は当分の間出来そうにありません。一日も早く世界が平和になるように、また子どもたちが真理と理想を見つけ正しい道を歩むことができるように祈ります。


2022.6.8


2022年度ようやく決算が終了し監査、理事会、評議員会が終了し6月6日に2021年度決算資産変更登記を行うことができました。WAM届出も完了し一息付くことができました。

実は親子遠足の帰りにバスから降りて自転車に行く途中歩道のブロックが壊れたところがあり少し低くなっていたところに足を踏み入れた時バランスを崩し、3日前に腰を痛めていましたがさらにまた痛めてしまいました。

何とか自転車にまたがって漕ぐことができるのですが、降りることが出来ず、そのまま早退させていただきました。一週間過ぎて痛みは和らいでいますが、未だ少し痛みがあります。痛み止めを飲みながら過ごしています。

6月17日(金)水沢保育園の職員研修の講師を依頼されています。保護者支援についてお話しして欲しいとのことで、研修の資料作りを始めています。その中で東京大学の遠藤利彦先生が非認知能力についての新しい論文を読みました。

改めて保育園における非認知能力を育む働きについてその重要性を認識することができました。これに関しては後日ホームページ上に掲載したいと思います。